パリダカ ダカールラリー

パリダカはダカールラリーと呼ばれているラリー競技大会の一つで、正式名称はユーロミルホー・ダカールラリーです。また、その規模その過酷さは、世界でも名をはせるほど有名なレースであり、完走することすら難しいと関係者やスタッフからも言われている世界有数の大規模なレースです。

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パリダカ 過酷なレース・そのエピソード

パリダカ「世界一過酷なモータースポーツ競技」といわれるパリダカですが、それを語る実際にあった数あるエピソードの一つとしては、スズキのオフロードバイクに乗っている出場者が完走した際に、「もうこんなレースには、二度と出たくない」と言いました。この言葉を聴いた周りのスタッフは、一同沈黙しつつ、手早く彼をタンカに乗せ運んで行きました。勿論それはスタッフが彼の体の状況を判断した上での行動ですが。それもそのはずで、彼は(ライダー)何とかゴールが近い地点まで到着していた様ですが、不意のアップダウンでジャンプしたらしくその際、両足を骨折しました。しかしそれは不運にも日が暮れてからの出来事だったようです。周りには誰もいない状況で、激痛に苦しむ彼にとって残された選択は、何もしないか、ゴールへ向かいまた走るかそれだけだったと後に言われています。しかしそこで彼は「このまま待てば、明日には・・・」という自分の生命がなくなる予感が感じ、両足骨折という身体的な許容範囲を遥かに凌駕した激痛の中、大型のオフロードバイクで長距離の悪路を走行させるという想像を絶した行動を起こさせたそうです。しかし、関係者は「彼の予感は正しかっただろう」と述べます。このレースの過酷さをメディアに移したエピソードでした。(彼の言った言葉「もうこんなレースには、二度と出たくない」は、当時、ニュース番組でのインタビューでの映像で実際流れていたものです)

パリダカの内容

パリダカの内容は1979年から始まり毎年開催されており、例年1月1日(近年は前年の12月末)にフランスの首都・パリからスタートし、スペインのバルセロナからアフリカ大陸に渡り、セネガルの首都・ダカールまでのおよそ12000kmを走破することが完走の条件で、1981年より国際自動車連盟(FIA)と国際モーターサイクリズム連盟(FIM)の公認レースとなっている世界を代表するラリーレイドの大会のひとつです。

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パリダカの出場車両 オート(自動車)、モト(オートバイ)、カミオン(トラック)

パリダカの出場車両ですが競技に使用される車両は基本的にオート(自動車)、モト(オートバイ)、カミオン(トラック)に分類され手はいますが、それ以外の参加車両としてバギー、ATVなどがあり、ごく初期においては2輪車と4輪車にカテゴリー分けされている程度で、ナンバープレートが取得可能な車両であればどのような車両であっても大抵の場合は参加することが可能でした。そのため、参加車両も街中を走る市販車を改造したものから自動車メーカーのプロトタイプカー、と非常にバリエーションに富んでおり2輪部門にスーパーカブやベスパが参戦していた事もあります。1997年にワークスチームのプロトタイプカーなどの競技専用車とガソリンターボエンジンを搭載しての参戦が禁止となりますが、2001年からスーパープロダクションという形でプロトタイプカーが実質解禁となったものの、ガソリンターボ禁止令はなおも続いているため、現在のところはガソリンNAエンジンの市販改造車が主流となり、ヨーロッパではディーゼル車が見直されてきていることもあってディーゼルターボエンジンを採用するチームも増えてきたのが近況です。

パリダカ創設の歴史

パリダカ創設の歴史ですが、創始者はティエリー=サビーヌ氏であり、「私にできるのは、”冒険の扉“を示すこと。扉の向こうには、危険が待っている。扉を開くのは君だ。望むなら連れて行こう」は、1978年の第1回開催の時に彼が言ったとされています。ティエリーは運営団体としてTSO(ティエリー・サビーヌ・オーガニゼーション)を設立し、主催者としてパリ・ダカを象徴する存在となりますが、そんなティエリー=サビーヌ氏を不運が襲います。1986年に競技期間中に起こったヘリコプター墜落事故により死去されたのです。後に彼の遺志とTSOは父親であるジルベール=サビーヌによって引き継がれだがましたが、そのジルベールも高齢を理由に1994年1月に引退しTSOは主催者権を売却します。1994年からはフランスのアモリー・グループである「ASO」(アモリ・スポル・オルガニザシオン)が主催しています。

パリダカの今後の開催地ダカールラリー2009大会

パリダカの今後の開催地についてお話します。開催において、様々な問題を持つパリダカですが、諸国の国内事情により、現地点での開催地域での開催は難しくなっています。実際2008年はアフリカ大陸に上陸後、サハラ砂漠を経由してダカールをゴール地点とするレースフォーマットでの開催が国内事情により行えませんでした。 そういったことからダカールラリー2009大会は、アルゼンチンとチリをまたがる9,000kmの周回コースとなります。

パリダカについて